円通寺の沿革
緑豊かな田園に囲まれた円通寺の境内には、本堂・大師堂・経蔵・庫裡がひっそりと佇んでます。昔から地元では「畑中の比丘(びく)さま」の呼び名で親しまれています。創立年代は明らかではありませんが、1699年(元禄12年)に正圓智道和尚(第一世)が、本尊 馬頭観世音菩薩および本堂を中興されました。江戸時代は祈願寺として、また徳川家五代将軍 綱吉が創建した霊雲寺(文京区湯島)の修行道場として栄えました。
当寺は約60年間(戦前~昭和63年3月)無住であったため、本尊・経典・仏像・仏画・仏具・潅頂を修するための敷曼荼羅と大曼荼羅などが、水塚経蔵に納められていました。境内には1338年(暦応元年)の板碑があります。
当寺は「関東八十八ヵ所霊場 第七十四番札所」、「東国花の寺百ヶ寺 第十九番札所」です(ご朱印は境内の納経所にて)。また近隣には、遠山記念館・平成の森公園・荒川河川敷のホンダエアポートなどがあります。
現在の境内には、永代にわたり無縁仏にならない永代供養墓(合同墓・合祀墓・夫婦墓)があります。近年お墓を建立しても継承者がなく、無縁墓になるお墓が多くみられます。これらの問題を解決するために寺が管理するお墓です。
※当寺のある川島町は、四方を市野川・荒川・入間川・越辺川に囲まれています。 江戸時代は川越藩の御蔵米の生産地でした。 交通の利便性の低かった川島町は、戦後の急激な都市化の影響を受けず、首都圏近郊としては異例なほど多くの自然が今も残っています。

